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サターン

2011/10/29(Sat) 02:54 | Edit
短編ブログ小説

 白紙。
 まっさらな紙。
 何も書かれていない紙。
 何でも描くことのできる紙。
 森羅万象がそこで生まれる可能性のある紙。
 無限の可能性。
 無辺の拡張性。
 さあ、描くが良い!
 世界を構築するが良い!
 神のちからを行使するが良い!


 ――と、目の前の原稿用紙に言われている気がしたが彼は「うーん」と唸った。
 目をつむって、頭の中を覗こうと試みる。見えるのは、昼白色の照明が照らす真っ白い原稿用紙の残像だけだ。おかしいそんなはずはないさっきまであったのだ、たくさんあったのだ。
 何かが。おそらくアイデアが。物語のピースが。登場人物のフライトレコードが。
 それらを頭の中から物質世界に転送するために彼は原稿用紙に向かったのだが、
「うーん」
 それらが頭の中から出ていくのを拒否したように逃走してしまった。痕跡も残さず。
 ペンを置く。椅子の背もたれに体重をあずける。伸びをする。
 りきんで固くなった肩がほぐれる。血液が体内を駆け巡る音が聞こえる。「うーん」気持ちいい。
「あ」
 アイデアが浮かんだ。
 それはとても良いアイデアだった。そういう感触がした。
「珈琲をいれよう」

 書斎から出、キッチンへ。
「みゃー」
 アメリカンショートヘアのロークさんが足下に駆け寄ってくる。
「ごはんじゃないぞ」
 頭上のつり戸棚から、やかんを取りだして水を入れて火にかける。
「みゃー」
「遊ばないぞ」
 拒否の意を込めて足でロークさんを軽く押すと「みゃー」と言ってどっか行った。
「また今度な」
 湯を沸かしている間に下の戸棚からコーヒーポットとサーバーとドリッパーとペーパーフィルターを取りだし、天板に並べる。
 それから調味料ラックに置かれた瓶を手に取る。中には珈琲豆が入っている。
 30グラム量って、コンセントをつないだままの電動コーヒーミルに投入しスイッチを入れる。
 ガガーガガガガーガガーガーガッガガーガッガーーーーという騒音は、騒音ではなく珈琲の香りを召喚する魔法の調べである。でもうるさい。でも、豆が粉へと姿を変えると同時に珈琲豆が蓄えていた芳しい香りがキッチンに広がった。
「あっ、良い香り」
「さっちゃんおかえり。のむ?」
「珈琲? のむのむ」
 玄関でカツコツとヒールを脱ぐ音がしてから、ペタペタとさっちゃんがキッチンをのぞきにくる。
「順調?」とさっちゃん。
「え、なにが、仕事?」
「仕事」
 ペーパーフィルターをセットしたドリッパーに珈琲豆を挽いた粉を入れる。
「……まあ」
「行き詰ってるんでしょ」
「まあ、うん」
 やかんの下のガス火が自動で小さくなる。お湯が沸いた。
「気楽にやんなよ」
 火を止めて、やかんの湯をコーヒーポットに移す。
「あー、いや、うん」
「ロークさんは?」さっちゃんのピアスが揺れる。「外?」
「さっきいたよ」
「珈琲できたら呼んで。ロークさーん」
 さっちゃんは居間の方に行った。
 コーヒーポットからサーバーへお湯を少し移す。食器棚からカップを2客出してそれらにもお湯を移す。
 居間の方から、みゃー、あっ居た、という声が聞こえた。
 サーバーに入れたお湯をポットに戻して、珈琲の粉の入ったドリッパーをサーバーに乗せる。
 料理用の温度計でポットの中の湯温を計った。90度。氷を二個入れて竹べらで混ぜ、もう一度。83度。
「わー、猫パンチだ、わー」あっはっは。どたどた。
 83度のお湯の入ったコーヒーポットを右手に持つ。
 コーヒーポットの細く長いくちをドリッパーに近づけ、ゆっくりと傾ける。ドリッパー内の粉の中心に湯を落とす。細く、少なく。ほんの1秒でやめる。
 お湯を受けた粉の中心がむくむくと膨張してゆく。粉がお湯と溶けあい、珈琲豆の旨み成分と香りのガスが溢れだしているのだ。20秒ほどで平だった粉の面に500円玉くらいのふくらみが出来た。
 また湯を垂らす。細く、少しだけ。ふくらみの上に小さなふくらみが出来る。それもむくむくと膨らんで、ふたつのふくらみは先ほどより大きなひとつのふくらみになった。
 またお湯を垂らす。
 繰り返していると、ドリッパーの底から、ぽた、ぽた、と茶色い液体がサーバー内に滴下する。珈琲豆の旨み成分をたっぷりと含んだ、これが珈琲だ。
「ねー」居間のほうからさっちゃんの声。
「なに?」
「サターン……じゃないや、イノダ課長、異動だって」
「へえ、どこに」
「うーん、忘れた」みゃー。わっ、こらこら。
 今度はさっきより多く、粉全体にお湯を注いでいく。真ん中から、ぐるぐると渦を描き、徐々に大きくそしてまた小さく、真ん中へ。そして止める。
「あ、でもね、かっちゃんによろしくって。ね、かっちゃん辞めるときイノダ課長と少し、あったでしょ」
「うん」
 もう一度渦を描く。ドリッパーから珈琲が落ちて、サーバーに溜まって行く。小川のせせらぎのような澄んだ音が聴こえる。
「わるかったってさ」
 粉の表面に白い泡が広がってゆく。そこにまたお湯を落とす。渦を描く。そのたびに白い泡が生まれきらきらと輝く。
「……」
「課長も昔、文学賞に応募したことあるんだって。それで何度も落ちたんだって。自分は向いてないってわかったって」
「……」
「かっちゃんは、課長にかわいがられてたでしょ?」
「うん。今でも感謝してるよ」
「……そっか」
 ポットを置いた。
「言うなよ」
「え?」
「おれが、感謝してるって言ってたって」
 ドリッパーを外す。ふたり分の珈琲が入ったサーバーを弱火にかける。
「なんで?」
「いやなんでって、ほら、モチベーションの問題っていうか」
「なにそれ、わかんない」
「や……あ、そう」
 コンロの火を止める。サーバーから湯気があがる。
「できた」
 用意したふたつのカップの湯を捨て、そこに珈琲を注いだ。
「さっちゃんできた」
「はーい。ロークさんまた後でね」
 みゃー。
 さっちゃんがキッチンにやって来る。
「はい」
「ありがと」
 ダイニングの椅子に座り、ふたりで珈琲を飲んだ。
「……」
「……」
「この曲、≪フェネス≫?」
「うん。“エンドレス・サマー”」
 穏やかでいびつなノイズ・サウンドがスピーカーから流れている。
 破滅と虚無、悠久と茫洋。ひととき時間が止まる。 
「どんなの書いてたの?」
「夢を追いかけようとするのを認められず悔しい思いをする話」
「認められたじゃん」
「うん……書いててわかった。だからあの人は認めようとしなかったんだって」
「会社、もどってくる?」
 舌に心地よい苦味が残る。喉の奥から香りが立ち上る。
「それこそ本当に認められないよ」
 彼は笑った。
「みゃー」
 いつのまにか足下にいたロークさんが彼の足にパンチをした。
「はいはい」


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